NIジャパンブログ

【翻訳記事】反抗の都市(スペイン)

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バルサローナ・アン・クムーの説明集会
Barcelona En ComúCC BY-NC-ND 2.0


市民が組織した大きな波が押し寄せ、急進的な市長たちがスペイン中で当選を果たしている。そしてその波は、他のヨーロッパ諸国、さらにはヨーロッパの外にまで広がっている。

そんな都市の中でも最もよく知られて注目されているのが、野心的な反抗の都市バルセロナである。市民のプラットフォームであるバルサローナ・アン・クムーが勝利したのが2015年。彼らは都市の主導権を握り、住居問題に取り組むフェミニストの活動家、アダ・クラウを市長の座に就けた。この連合体は、主要政党による腐敗政治と一線を画すため、市民議会を通じた運営を行い、完全なる透明性も確保している。彼らの政治の主な焦点は、都市への権利[訳注1]、社会経済と連帯経済の促進、共同利用地(コモンズ)の拡大、水道と電力事業の再公営化、移民への門戸開放だ。

このような市民プラットフォーム(社会運動家の仲介によって緩やかに結びついた市民と進歩的な政党から成る連合体)は、マドリッド、バレンシア、アコルーニャ、サラゴサなどいくつかのスペインの主要都市に加え、イビサや他のより小さな自治体においても主導権を握るようになった。

さらには、スペイン以外にもそれは広がり、率先して動き始める人々がヨーロッパのあちこちに現れた。そして米国では、女性とLGBT+の人々の権利を守るためや気候変動に関するパリ協定を支持するため、あるいは移民の権利を守るために、あちこちの都市が結束してトランプ大統領に対抗しているが、ここでも市民プラットフォームというトレンドが広まっている。

5月には、共和党の牙城であるミシシッピ州の州都ジャクソン市で、驚くべき自治体革命が起こった。市長選挙で圧倒的多数の人々が、急進的な黒人活動家のチョクウェ・アンタール・ルムンバ[訳注2]に投票したのだ。当選したルムンバはニュースサイト『In These Times』のインタビューで、「ジャクソンは、現行制度の犠牲となっている」と語った。「もし私たちがミシシッピで現状を変革できれば、それは世界の他の地域のモデルとして貢献し、希望となるだろう」◆

by クレア・フォーセット

訳注1:初版1969年の『都市への権利』(邦訳はちくま書房)で著者のフランスの哲学者アンリ・ルフェーヴルは、ビジネスや消費主義にまみれた都市を、そこに住む人々の手に取り戻すことを訴えている。

訳注2:チョクウェ・アンタール・ルムンバは弁護士でもある。彼の父親も弁護士、そしてジャクソン市の市議会議員だった。2013年に市長に当選したが2014年に病死。チョクウェ・アンタール・ルムンバは父親の意志を継いで2014年の市長選に出馬したが落選した。

ルムンバのインタビュー動画(Democracy Now)

『In These Times』のインタビュー記事


7/8月合併号NI504 p6 Fearless cities (Spain) の翻訳です。c504_100.jpg





  1. 2017/08/11(金) 11:52:00|
  2. 政治・国際関係

【翻訳記事】西パプアの市井の人々の声


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ロサ・モイヴェンド


インドネシアによる占領は、普通の西パプア人の暮らしにどのような影響を及ぼしているのだろうか? インドネシアの人権弁護士、ベロニカ・コマンが、現在西パプアに住む人々に話を聞いた。


170611Morning_Star_flag_30.jpg ロサ・モイヴェンドは、社会運動と自決について研究する独立した研究者で、また政治活動家でもある。彼女は西パプア最大の都市、ジャヤプラ在住だ。ロサの話を聞いてみよう。

西パプアに住んでいると、常に何かしら占領を意識させることが起こります。毎日、人種やその他のいろいろな差別、暴力などを目の当たりにします。

さまざまな形の差別が毎日行われ、それが西パプアでは普通のことになっています。インドネシアによる占領は、単に土地の占領だけでなく、自分たちが自分たち自身をどう見るかという、私たちの考え方を変えることにもつながっています。学校で私たちは、特に私たちの歴史に関してうそを教えられてきました。それは一種の心理的隷属です。インドネシアの教育内容と原則によって、「私たちは西パプア人だから、不公平に扱われても仕方がない」と教え込まれてきました。

インドネシア政府が行う私たちのアイデンティティーの操作は、私たちを根幹から変える非常に危険なものです。私たちの規範が、インドネシアの規範に置き換えられているのです。

私はこれを直接体験しました。私は以前、地元テレビ局の午後のニュース番組でアナウンサーをしていました。当時私は髪の毛を細かいドレッドヘアにしていました。番組のプロデューサーが、髪型を変えるように私に言いました。国営テレビの基準に沿って「もっとこぎれいに」見えるように、ドレッドヘアを伸してストレートにするようにと言ったのです。私は、この番組「パプア・レンズ」では、パプアらしさを出すべきだと主張しましたが、番組側は私の交代希望を出しました。その後、私はカメラに写らない仕事に異動され、結局番組を辞めました。私は現在もドレッドヘアです。

2006年3月16日ジャイプールで、ドレッドヘアの人がみな逮捕され、髪の毛を切られてしまいました。こんなことが2週間続きました。この間多くの先住民たちが自ら髪を切りました。私はそんなことをしたくなかったため、長い間隠れて家に帰りませんでした。ドレットヘアは、単なるヘアスタイルではありません。私たちがドレッドヘアにしているのは、レゲエが好きとかラスタ主義[訳注*]を信奉するからといった意味ではなく、イデオロギーなのです。それは私たちのアイデンティティーなのです。ドレッドヘアの友人の多くが私と同じように感じています。ドレッドヘアは、自由な西パプアのシンボルになりましたが、それはインドネシア政府によって思い知らされたことに対する挑戦です。

私がまだ小さく学校に通っていた頃、ストレートの髪の毛の人を見るたびに、私も長くまっすぐな髪の毛だったらと夢見てきました。誰もがそう思っていました。子どもが遊ぶおもちゃでさえ、他の人々のアイデンティティーを反映したおもちゃでした。それは、化粧品でも同じことでした。店では、私たちの皮膚の色に合うようなフェイスパウダーは売っていなかったのです。

幸いなことに、現在非常に強い抵抗が起こっており、支持を集めています。「私は、カーリーヘアと褐色の肌を持ったパプア人です」とプリントされたTシャツが多数出回っており、いろいろな都市の若者の間で人気が出てきています。この解放運動は、物理的な抵抗だけでなく、私たちの考え方にもかかわるものなのです。

女性たちは常にこの運動に参加してきました。ただ、男性とは異なる役割を担ってきました。西パプアの男性たちは、女性たちが担っている役割の重要度を低く見て、それほど勇敢ではないと言います。しかしこれは真実ではありません。なぜなら、女性たちは特に重要なリーダーシップで役割を担い、抗議活動がある時には積極的に街に繰り出しているからです。ママ・ヨセファ[ヨセファ・アロマング、2001年のゴールドマン環境賞受賞者]は、学校にも行っていない村人ですが、空港とフリーポート社の鉱山の封鎖のために、女性たちを組織化しました。男性には思いつかないことです。

現在状況は変化しています。運動はより開かれ、進歩しています。女性はより多くの、そして異なる役割を担っています。これは国家的な苦闘で、男女ともに責務を負っています。すべての世代の人々が、協力し合って取り組んでいく必要があるのです。

*訳注:1930年にジャマイカで始まった社会宗教運動。エチオピアのハイレ・セラシエ1世を生き神としてあがめ、アフリカ出身者の地位向上を目指した。自然体に価値を置き、長髪や自然食・菜食などにそれが現れている。



170611Morning_Star_flag_30.jpg ハナ・イェイモは、西パプア中央部にあるパニアイ県エナロタリでサツマイモを生産する農家だ。2014年12月8日、地元の10代の子どもたち4人が、ハナの家の近くで治安部隊に銃で撃たれて殺された。当時彼らは、その前日に起こった兵士による児童殴打に対する抗議活動を行っていた。ハナの話を聞いてみよう。

私は結婚をし、11歳の子どもがいます。、農作業をする以外は、普段は友人たちとトランプを楽しんでいます。

警察や軍は、1日中私たちを見張っています。特に軍は、どこであろうとかまわずに私たちに向けて銃を撃ちます。

畑の方から銃声が聞こえたのは朝9時頃でした。私は様子を見に行きました。西パプア人に向かって、警察と軍が銃を撃っていました。私はその治安部隊と人々の間に入って立ちふさがりました。治安部隊は、私にどくように命令し、「撃つぞ」と言いました。私はかまわずに彼らに向かって、撃ってみなさい、と大声で叫びました。彼らは私の目の前で人々を撃ちました。私は物を投げつけ、もう少しで部隊の司令官に当たるところでした。私の親戚は、逮捕されてしまうからあんなことはするな、と言いました。しかし私は気にしませんでした。単に彼らを追い払いたかったのです。私は、どこかで分からないうちに射殺されるよりはましと思い、声を振り絞って彼らに自由と独立を要求しました。その日、私は声が出なくなるまで叫んでいました。

その畑では、子どもたちが軍に撃たれて死にました。そのほかにも多くの負傷者が出ました。私は、車の中にいて撃たれた人々を介護しました。私のいとこも被害者のひとりです。その他の被害者も、全員私の知り合いです。彼らはこの事件についてもはや語りたいとは思っていません。状況が変わらないまま、同じことが何度も繰り返されることに嫌気がさしているのです。


原文と他のインタビューは、NI UKサイトVoices from the groundでも読むことができます。

2017年5月号NI502 p20-22Voices from the groundの一部翻訳です。c502-100.jpg



  1. 2017/06/11(日) 14:49:19|
  2. 政治・国際関係

【翻訳記事】汚れた銀行(ヨーロッパ)


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欧州中央銀行(ECB)は、社債の買い入れを行って何十億ユーロもの資金をヨーロッパ経済に注入している。その結果、石油とガス、道路建設、自動車といった十数社に対するばく大な補助金となっている。75のNGOや社会運動団体の連名で出された公開書簡によれば、ユーロ圏各国の中央銀行はこの政策によって、気候変動と闘うというEU(欧州連合)の義務とは矛盾した立場に置かれる。

2016年6月以来ECBは、このプログラムによって毎月70~80億ユーロずつ買い増しており、これまでの総額は670億ユーロ(720億ドル)は下らない。この債権は、基本的に企業が発行したIOU(負債性証券)で、後日返済されるものだ。ECBが債権を買うことにより、企業は低コストで資金調達ができる。

ブリュッセルを拠点に活動するロビー活動監視団体「企業化する欧州監視所」(Corporate Europe Observatory)が公にした情報によれば、主要な受益者には欧州最大の石油企業シェル(11回社債が購入されている)、イタリアの石油・ガス企業ENI(これまで毎回の購入で16回に上る)、フランスの巨大石油企業トタル(7回購入されている)が含まれている。

75の団体は、ECBがすべての情報を開示し、プログラムを根本的に変更し、公的な資金を気候変動を悪化させるようなものに使うのではなく、より賢い目標、例えば再生可能エネルギーへの支援などに使うよう求めている。◆

by ケネス・ハー


2017年5月号NI502 p7Dirty banking (Europe)の翻訳です。c502-100.jpg


  1. 2017/06/03(土) 15:35:27|
  2. 政治・国際関係

【翻訳記事】民主主義への障害(ビルマ)


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2016年9月にニューヨークで開かれたアジア・ソサエティーの講演会でのアウン・サン・スー・チー。
(写真と記事は直接は関係ありません)
Ellen Wallop/Asia Society  (CC BY-NC-ND 2.0)


アウン・サン・スー・チーの国民民主連盟(NLD)が、50年に及ぶ軍事政権の後に政権に就いてから、今月で1年になる。軍の後押しを受けた政権が2011年に始めた改革以来、報道の自由を含む基本的な人権の状況が向上したことに疑いはない。しかし、報道の自由を阻む深刻な困難はいまだに存在している。ジャーナリズムの自己検閲、NLDの統治経験不足、そして相変わらずの政治に対する軍の影響力は、報道機関の役割である監視の実践の妨げとなっている。

数十年にもわたる弾圧に耐えたこともあり、NLD政権に対する国民の目はいまだに厳しくはなっていない。だが、「貴婦人」として知られるアウン・サン・スー・チーに対する人々の信奉は、報道機関に負の影響を及ぼしている。「新政権に対してはどんな批判でも大きな反発を招きます」と語るのは、『ザ・ボイス』紙の編集者であるキュン・ミン・スウェだ。「こんな状況にあるため、報道機関が政府の説明責任を追求することが困難になっています。自己検閲が大きな問題です」

民間の報道機関が政府への説明を追求することを怠り、それが国営テレビの政府寄りプロパガンダと相乗効果をもたらしている。国際ペンクラブの理事会メンバーであるマ・チダは次のように説明する。「政府は、国営メディアの民営化をまだ行っていません。国営テレビは、政府のプロパガンダの手段として引き続き利用されています」

政府の透明性が不十分なことも、説明責任の障害となっている。メディア向けの研修を実施するアウン・ナインは、「NLDは、政府というよりもいまだに野党のように振る舞っています」と述べる。多くのジャーナリストが、政府は信頼するわずかな人々や組織だけに情報を流している、と不満を漏らす。記者会見はめったに開かれず、NLDの閣僚たちがメディア対応について頼りにするのは、前政権に任命された官僚たちである。官僚が情報開示に積極的でなく、情報公開を保証する法律が整備されていないこともあり、ジャーナリストが公的な情報源にアクセスすることが制限されている。

正式には権力は移行されているにもかかわらず、軍は依然としてかなりの政治的影響力を及ぼしている。軍は3名の閣僚を指名し、その中には影響力のある内務大臣、国境担当大臣といったポストも含まれる。治安の監視は、ジャーナリストの民族紛争地域への訪問を拒み、軍関係者がビルマの厳格なメディア法を行使して批判者を追い詰めることを可能にしている。10月にコ・ラ・フォンは、画像ソフトで加工したミン・アウン・フライン国軍司令官の画像をFacebookに投稿した容疑で起訴された。メディア委員会のメンバーであるキャウ・ミイントは、「NLD政権は、軍が草案を作成したメディア法を置き換えることを優先課題にしませんでした。そして実際には、NLDの政治家たち自身がこの法律を使い、インターネット上の活動家たちを名誉棄損で訴えたのです」と語った。

そのおとなしい対応にもかかわらずビルマのジャーナリストたちは、将来について楽観的だ。「ヨーロッパにおける民主主義の構築には数百年かかりました。私たちはすでにかなりの道のりを歩んできています」とアウン・ナインは言う。そこにたどり着くのは次の世代でのことになるかもしれない。とはいえビルマは、ようやく報道の自由への道を進んでいる。◆

by ティナ・バレット


2017年3月号NI500p8 Progress, interrupted(Burma) の翻訳です。c500-100.jpg



  1. 2017/03/30(木) 00:47:00|
  2. 政治・国際関係

【翻訳記事】ベーシック・インカムは右派への贈り物?


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ベルリンで行われたベーシック・インカム導入を求めるデモ
stanjourdan (CC BY-SA 2.0)

この不安定な社会でベーシック・インカムが保証されれば、すべての人々は安心して暮らせるのだろうか? その答えは何を犠牲にするかによる、とニック・ダウソンは主張する。

ベーシック・インカムへの支持は、いまや政治的にはあらゆる層に広がり、その考え方を受け入れる時代が到来したようだ。それによって誰であろうと、労働を強いられるようなことはなくなるかもしれない。そして、現在の福祉政策よりもシンプルな仕組みができてコストが下がる可能性もあるが、実際のところは「福祉への依存」をすっかり排除する可能性もある。

ベーシック・インカム(またはシチズンズ・インカムとも呼ばれる)とは、市民あるいは合法的な居住者であれば、国から最低限の収入を受け取ることができるという政策である。またこれは、「失業手当のわな」と呼ばれる状況(失業手当給付に関して資産調査や所得調査による減額や処罰、その他厳しい条件がつくことで、失業者がボランティア活動をしたり研修へ参加したりすることを控えてしまう)をも回避するものだ。

ベーシック・インカムがあれば、人々はいざというときの頼みの綱があることを意識して短期間の仕事でつなぐことができる。また、無給の仕事でキャリアを積む際にも収入は保証され、雇用主が悪徳な場合の備えにもなる。

だが、これらのような期待にこたえることはできるのだろうか? もしかすると、世の中にはあちこちに抜け道があるように、転落と危機をはらんだ手段ではないのだろうか? あるいは、「自由に使える」現金について議論する方が、誰にとっても不可欠で提供が必要な保健医療や住居などを公的に用意するための面倒な施策について議論するよりも容易なのではないだろうか?

  さようなら福祉国家

自由市場主義者は反福祉国家という感傷的な夢を抱いているが、彼らはベーシック・インカムをそのための完璧な口実と考えている。つまり、ベーシック・インカムを公的サービスの代わりに導入し、その他のことは市場に任せるということだ。

影響力がある「自由市場」主義者で経済学者のミルトン・フリードマンは、政府が市場に干渉せずに福祉の責務を果たす方法として収入保証を支持。「個別の福祉プログラムを寄せ集めたやり方と置き換えるべきだ」と述べている。(1)

ビジネスサイトのFastCoExistは、「ベーシック・インカムは保健医療から所得税控除まで、複数の公的支援を1回の支払いに置き換えることができるだろう」と述べる。(2) これまでのところベーシック・インカムの導入実験で最大のものは、2,240万ドル規模のフィンランドが行っているものだ。フィンランドの右派政権は、これによって保健、教育、福祉の削減も狙っている。(3)

ベーシック・インカムは、バウチャー制度[訳注:社会サービスが受けられる利用券、引換券、割引券を配布する制度]、市場化、公的サービス崩壊が取りざたされると、より多くの注目を集めるようになった。スウェーデン、チリ、米国ルイジアナ州最大の都市ニューオリンズでは、親が費用を支払うためのバウチャーが支給され、公立あるいは私立の学校を選ぶという制度が導入された。(4) 英国イングランドでは保健サービスの「個人保健予算制度」と大規模な外部委託制が押しつけられ、スペインでは保健医療の自己負担制度が導入された。(5)

ベーシック・インカムは、福祉国家をもっと骨抜きにしたい右派の口実となり、公的サービス拡大のための議論促進を困難にする。公的サービスが縮小すれば、たとえベーシック・インカムを受給したとしても、それまで公的サービスとして行われていたサービスを受けるために受給分を使い切ってしまうだろう。また、ベーシック・インカムの実施内容によっては、最貧層への再分配が増えるとは限らない。右派は予算削減のさなかにベーシック・インカム導入をもくろみ、その方向性に従えば、多くの人々の生活レベルが悪化する可能性がある。英国の大学の学費(以前は無料だった)の返済で考えてみれば、英国の非営利団体シチズンズ・インカム・トラストによって2013年に示されているベーシック・インカムのレベルの場合、返済に数十年かかるようになる可能性もある。(6)

多くのサービスは公的に提供されるのが最善策だ。たとえば英国では、国営保健サービス(NHS)が包括的保健医療制度としては無料(受診時)ですばらしい制度をもう長い間続けている。保険を基本とした多くのシステムよりも低コストでより良いサービスを提供し、米国の保健医療制度のような悲惨で無責任な市場によるものの半分のコストですんでいる。(7)

住居についても同じことが言える。公的な投入は、民間セクターよりも質の高い住宅をずっと大規模に提供することが可能だ。(8) 民間の賃貸業界への補助金は、公営住宅よりも高くつき、民間賃貸住宅所有者が家賃を値上げする引き金となる。「ベーシック・インカム」も、やり方によっては同様の影響をおよぼすリスクがある。(9) そして非常に重要なことは、住居は誰にでも不可欠なものにもかかわらず、規制されない民間市場では多くの人々が安心できる手段がほとんど存在しないことだ。

  将来的にも意味のある制度を

私たちは、より大胆な議論をする必要がある。人々のニーズに対応するということは、全員にカネを配るということではないし、人々が良い生活を送るためのカネの使い道を市場任せにすることでもない。

多くのベーシック・インカム支持者は、自由と自由市場に関する右派の前提を暗に受け入れてしまっている。それには、人々がカネを渡せばあとは市場がうまくやってくれる、という意識も含まれている。公的サービスにおいては、個人化した市場の「選択」の導入を大幅に推進すること不要だが、それは私たちが住みたいと考える社会についての選択肢を狭めることにつながる。民営化された保健医療制度は、いろいろな企業のサービスという選択肢を私たちに与えてくれるかもしれない。だが私たちは、利益よりも患者を優先することが可能なスタッフがいる地域の病院へ行くという選択肢を失ってしまうのだ。

私たちの生活のあらゆる部分に市場が拡大すれば、破滅的な影響を受けることになる。幅広い価値観よりも利益追求が優先され、選択肢があるといっても個々のブランドを選択する程度のうわべをつくろった選択とすり替えられてしまう。

保健医療、教育、住居における民営化の波を押し返し、品質の良い公共交通機関と水道・電気・ガスなどの公営事業を低料金で、あるいは無料で提供するために制度を整備し、それによって生活費を削減し、また誰もが本当の選択ができるよう取り組みを始めようではないか。物への課税(付加価値税や物品サービス税)のような隠された逆進的な税[訳注*]と手数料を改革し、その分のカネがきちんと人々に配分されるようにすることも、私たちにはできることだ。

これはまた、公正さの問題でもある。

将来、AI(人工知能)によって私たちの多くを失業者にすると言われているシリコンバレーの金持ちは、社会的、経済的な安定を求めてベーシック・インカムについてロビー活動をしている。しかしその一方で、巨万の富を独占している。

技術ライターのベン・ターノフは次のように主張する。「今後登場するであろうロボットは、私たちの税金、注目、データが結集されて開発されたものになります。こんな状況においてベーシック・インカムとは、あなたのサンドウィッチを取って食べたいじめっ子がこぼしたパンくずのようなものだと言えるでしょう」(10)

このような背景において、ベーシック・インカムとは何なのか? それは単に、社会的に所有すべきとされる土地と公的資源を私的財産として「囲い込まれた」人々に対して支払われる、本来必要な補償のうちのわずか一部にすぎないものということになるだろう。

私たちは、右派がベーシック・インカム導入のために働きかける際の前提と主張を受け入れることはできない。もしも左派がベーシック・インカムを支持するのであれば、新自由主義国家へ向かう道を逆戻りするための試みの一部として、はっきり位置づける必要がある。それは、公的サービスの向上と拡大から着手すべきもので、その意思決定過程には労働者と一般の人々が完全に含まれる。現在起こっているようなサービス提供のシフト、すなわち、人々の必要性に応じた公的なサービス提供から、支払い能力に応じた個人的なサービス提供へ移行する動きのことで、その一角を担ってはならないのだ。定期的な現金給付にまどわされ、私たちの環境、科学、あるいは社会に関して、将来的な可能性を制限してしまわないよう注意が必要だ。◆

ニック・ダウソン
ライター、国営保健サービス(NHS)に関するキャンペーン活動家。

(1) Matt Orfalea, ‘Why Milton Friedman supported a guaranteed income’, 11 December 2015, http://nin.tl/Friedman-basic
(2) Ben Schiller, ‘A Dutch city is experimenting with giving away a basic income of $1,000 a month’, 22 January 2016, http://nin.tl/DutchBA
(3) Vito Laterza, ‘Finland: basic income experiment - what we know’, 9 December 2015, http://nin.tl/FinlandBI
(4) Richard Orange, ‘Sweden urged to rethink parents’ choice over schools after education decline’, The Guardian, 4 May 2015, http://nin.tl/Sweden-schools; Naomi Klein, ‘The shock doctrine in action in New Orleans’, Huffington Post, 21 December 2007, http://nin.tl/Orleans-shock
(5) Adam Gaffney, ‘Austerity and the unraveling of universal healthcare’, Dissent, 2013, http://nin.tl/EUhealthcare
(6) 現状の大学の授業料最高額を年9,000ポンド、教育期間を最短の3年間として考えると、シチズンズ・インカム・トラストが示している71ポンド(95ドル/週)というベーシック・インカムの金額で計算すれば、授業料の返済だけで7.3年かかることになる。実際には、大学時代の生活費、学費ローンの利息、その他卒業までの費用を含めれば、返済期間はその数倍になる。
(7) http://nin.tl/NHSspend
(8) 英国では、第二次世界大戦後に各地方団体が大規模に公営住宅を供給するようになった。1970年代末までは、年間10万戸の公営住宅が建設された。しかしサッチャー政権でこの施策は終了し、その後は住宅供給数が劇的に減少する一方で、価格と家賃は高騰した。次のBBCのサイトを参照。
http://bbc.com/news/magazine-30776306
(9) Martin Farley, ‘Why Land value Tax and Universal Basic Income need each other’, 20 April 2016, http://nin.tl/FarleyBI
(10) Ben Tarnoff , ‘Tech billionaires got rich off us. Now they want to feed us the crumbs’, The Guardian, 16 May 2016, http://nin.tl/techBI

訳注*:税の場合、収入と税負担が反比例すること。日本の消費税は収入に関係なく8%のため、同じ値段の物を買えば年収200万円の人でも2,000万円の人でも同額の税金を支払っていることになり、これは逆進税と呼ばれる。一方所得税は、収入に対して一定割合で課税されるため、所得が高ければ税額は高くなり、低ければ低くなるという累進性のある税金(累進税)である。



2016年11月号NI497p26-27「Why a basic income could be a gift to the Right」の翻訳です。c497-100.jpg



  1. 2016/11/30(水) 00:53:08|
  2. 政治・国際関係