NIジャパンブログ

【各号紹介】2017年6月号「Homelessness(人権としての住居とホームレス)」


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日本でホームレスと聞けば、真っ先に頭に浮かぶのは路上に暮らす「路上生活者」ではないだろうか。景気低迷の中、仕事を失った等の理由で公園や河川敷で暮らし、空き缶集めや民間団体の支援でなんとか生活している人々の話が、一時期メディアでよく取り上げられていたが、それもそう昔の話ではない。

ただ、今月のニュー・インターナショナリストでは、英語のhomeless意味として、また実際の支援の現場を反映したより広い意味のホームレスについて取り上げている。

仕事に就けずに困窮した路上生活者に加え、何らかの理由で友人宅を転々としていたり、民間団体のシェルター(一時滞在場所)に短期間身を寄せる人、ネットカフェやファーストフード店で夜を過ごす人々など、一定期間落ち着いて安定した暮らしを営む場所がない人々も、このホームレスに含まれる。

ホームレス状態に陥っている人々の背景や理由はさまざまである。単なる貧困の問題ではなく、そこには家庭での暴力、パートナーとの問題、学校でのいじめ、精神障害や薬物依存症など、自分や周囲の人々との関係が大きな要因になっている場合もある。

そしてまた、自分とはまったく関係のない要因、例えば、投機目的の不動産売買による住宅事情の悪化、都市開発による立ち退き問題、政府の貧弱な福祉政策、政治家や官僚の腐敗といった理由で行き場を失う人々もいる。

今月号では、そんなホームレス状態に陥っている人々の現状と背景を探り、その問題を考え、解決に動いている団体の情報も紹介する。また、ホームレスとなっている人々の声も取り上げている。

2017年6月号
Homelessness(人権としての住居とホームレス)



  1. 2017/06/25(日) 14:11:32|
  2. ≪各号≫紹介

【各号紹介】2017年5月号「Freedom in sight?(西パプアの自由と解放)」


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一般の日本人がパプアと聞けば、ほとんどの人がパプアニューギニアを思い浮かべるだろう。そして西パプアと聞けば、そのパプアニューギニアの一部と思うかも知れない。

しかし西パプアとは、インドネシアに属する西パプア州とイリアンジャヤ州のことである。日本の面積の2倍あまりもある大きなニューギニア島の西半分がこの西パプアで、東半分がパプアニューギニアだ。
  地図(Free West Papua Campaignウェブサイトへ)

19世紀にオランダの植民地となった西パプアは、第2次大戦後もインドネシア領とはならずにオランダの管轄下にあった。インドネシアがオランダに西パプアを手放すよう強く求める一方で、オランダは1952年に西パプアの自治権を認め、その後の独立も保証した。「西パプア」という国名と明けの明星をあしらった国旗が公式に決まったが、結局は深まる冷戦の対立の中でインドネシアを西側につけるため、やらせの国民投票によって西パプアは正式にインドネシア領となった。

インドネシアは、独立への動きだけでなく、その帰属に異を唱える者を弾圧し、西パプアのアイデンティティーを否定してインドネシア化を進めてきた。

今月のNIでは、ほとんどニュースになることのない、しかし深刻な人権侵害状況の中で暮らし、闘う人々の現実と彼らの声を伝える。

2017年5月号 No.502
Freedom in sight?(西パプアの自由と解放)



  1. 2017/05/25(木) 01:43:00|
  2. ≪各号≫紹介

【各号紹介】2017年4月号「Populism rises again(ポピュリズムの再来)」


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ポピュリズムとは、日本語では人民主義や大衆主義と訳される。それは、政治エリートではなく大衆の声を代弁し、大衆が欲するものを与える政治、などと言われる。ただ、本当に与えようとしているのか、単なるポーズなのかは、また別の話である。

オランダの政治学者キャス・ムッド(現在は米国ジョージア大学公共政策・国際関係学部准教授)は、ポピュリズムは、資本主義や社会主義などとは異なる厚みのないイデオロギー(thin ideology)であり、社会を庶民と腐敗したエリートという2つのグループがにらみ合うものととらえ、その政治は庶民の全体的な声を代弁するものである、と述べる。

ポピュリストと言われる今月号の表紙を飾った政治家たちを眺め、彼らに共通する点として何が思い浮かぶだろうか。際立つキャラクター、歯に衣着せぬ物言い、移民やマイノリティーなど社会的弱者への厳しい対応、人権や法よりも優先される自らの考えや価値観、合議よりも独断、融和でなく分断で支配…。

確かに、厚みのないイデオロギーをよりどころとするポピュリストたちを見ていると、社会を長期的に見たり、大局的見地から考えたり、多様な意見を落ち着いて議論したりする姿勢には欠けるように思える。

むしろ彼らは個別の問題に対して分かりやすくまた近視眼的な対案を提示する。それは、対症療法的な手段で、その場しのぎ的ですらある。

ポピュリストたちは、その時代にくすぶる人々の不満を栄養にして肥大する。人々を代弁して現状を変えるために働くと声高に主張するが、実はそうはならない。

個別課題に時々の対症療法で対応すれば、一時的には人々の溜飲を下げることにはなるものの、遅かれ早かれその視野に入っていなかった矛盾が噴出することは、今年1月にトランプ大統領の大統領令によって行われた、一部のイスラム教徒が多く住む国の人々の入国禁止令を見れば明らかだろう。

今月号では、独裁色を強めて分断で統治しようとするポピュリズムが引き起こす状況を乗り越えていくために、この政治的な流れの見方、考え方、行動の仕方を考えてみる。

2017年4月号 No.501
Populism rises again(ポピュリズムの再来)






  1. 2017/04/15(土) 23:42:00|
  2. ≪各号≫紹介