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【各号紹介】2017年10月号「Brazil's soft coup(ブラジルのソフトなクーデターとは)」


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ブラジル、ロシア、インド、中国を示すBRICs。この言葉は、2003年にある投資銀行の報告書に初めて登場したと言われる。

成長著しい4つの新興経済国を示すこの言葉は、その後頻繁にメディアに登場するようになった(後に南アフリカを加えてBRICSとなる)。

中でもブラジルは、工業、農業、資源輸出も好調で、ブラジルでの2014FIFAワールドカップの開催決定(2007年)、2016年夏季オリンピックとパラリンピックのリオ開催が決定(2009年)したこともあり、国内インフラ等の整備は急ピッチで進み、国内消費は好調に推移し、それに加えてブラジル初の労働者出身の大統領となったルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ元大統領(2003年~2010年)が進めた低所得者への手厚い社会保障の効果もあり、その内政は国際的に注目を集めるものとなった。

彼は高い人気を保ちながら大統領を2期務め、後継者としてジルマ・ルセフを指名。彼女は2010年の大統領選に勝利し、2011年1月にブラジル初の女性大統領に就任した。

しかし、そんな栄光の時代も今や昔。ルラは企業からの不正な利益供与と資金洗浄の容疑で今年禁錮9年6月の実刑判決を受け(控訴したため控訴審で有罪が確定するまでは収監されない)、ルセフは政府資金の不正操作で背任罪に問われて弾劾、昨年8月に罷免された。

そしてルセフ政権のミシェル・テメル副大統領が大統領に昇格したが、彼も企業からの収賄の容疑で昨年起訴された。今年8月ブラジル議会下院は、大統領を正式に起訴すべきか採決を行って起訴は回避されたものの、9月には新たな収賄罪で起訴され、さらに複数の汚職捜査が進んでいる。

このような政治的な先の見えない混乱の結末、この国の行く末はどうなるのか? そして、これまでも行われてきた政府資金の操作が今回は不正とされて「ソフトなクーデター」と呼ばれたルセフの弾劾裁判と罷免につながった理由はどこにあるのだろうか?


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  1. 2017/10/16(月) 00:38:24|
  2. ≪各号≫紹介

【各号紹介】2017年9月号「Bad education(学校教育と企業)」


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何をどのように次の世代に教えていくのか。このことに関しては、思想や信条の自由はもちろん、政治権力の思惑もからみ、昔から政治的観点での闘いが繰り広げられてきた。

最近の過激な出来事としては、トルコのエルドアン大統領が2016年7月、政府に批判的な教員、学者、学校関係者らをクーデター未遂という名目で解雇や停職等も含めて職から外し、その数は5,000人上ったということもあった。

日本でもここまで劇的ではないにしても、国旗掲揚や君が代をめぐる教員と学校・政府側との闘いは長く続いており、また教科書を舞台にした第二次大戦に関する記述内容や表現、あるいは最近では原発事故をめぐる記述や日本を褒めそやす愛国的内容の記述、そして評価が必要になってくる道徳の授業化をめぐる闘いなども起こっている。

このような政治における闘いに加え、最近では経済での闘いも勃発している。これは教育に経済性という観点が加えられて企業が参入し、直接的には企業との闘いと言うこともできる。

そしてそこには、指導要領、教科書、試験問題から、学校経営、教員評価方法、国際テストの標準化まで、グローバルな教育企業がその影響力を増大させているという現実がすでにある。

教科書、指導方法、機材などを標準化し、できるだけたくさんの学校で採用してもらう、あるいは自ら学校を経営する。それは、大量生産によるコスト削減を目指す考え方と何ら変わらず、教育で利益を上げるひとつの方法である。

教育に割く予算が非常に限られ、また貧しい人々も多い開発途上国では、教育を安く受けさせるとする学校運営に営利企業が取り組み、開発途上国では就学者数でいえば、すでに小学生の13%、中学生の25%がそのような企業運営の学校で学んでいる。

しかし極貧層ではなく貧困層をターゲットとしたそのような学校の問題点はさまざま指摘されている。例えば、料金をチャージしたブレスレットを子どもたちに着けさせ、チャージされていれば授業を受けられ、不足していれば授業を受けられらないという方式を採用している学校もあるが、これを運営企業は、収入が不安定な親に合わせた柔軟性のある画期的な方法だと喧伝する。

今月は、営利企業が運営する低費用の学校の問題から、先進国でも進む学校教育の中身を置き去りにした標準化の問題、デジタル技術とICT(情報通信技術)への過度な依存など、教育の今を報告し、今後を探る。



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  1. 2017/09/18(月) 23:09:26|
  2. ≪各号≫紹介

【各号紹介】2017年7/8月合併号「The Equality Effect(平等がもたらす効果)」


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人間は、誰しも人間として平等に扱ってほしいという願望を持っている。個人、あるいは集団的な特徴である国籍、出自、人種、性別、身体的特徴などにより差別され不平等に扱われれば、私たちの自尊心は傷つく。あまりにもひどい扱いを受ければ、その人個人を立ち直れなくしたり、あるいは大きな反発として暴力といった形で跳ね返ってきたりすることもあるだろう。

このような人間への差別とは別の基準ではあるが、無関係ではないのが経済的な平等だ。こちらの不平等は、資産や収入を基本として明確な形で存在し続けてきた。

一方でそれは、資本主義システムがもたらす「必要悪」であり、どうにもならないことであるという主張を私たちは聞かされてきた。完全なる経済的な平等を測る観点、そしてそれが達成可能かどうかにもさまざまな意見があるだろう。

今回7/8月合併号となるニュー・インターナショナリストでは、歴史上のこれまでの平等の状況を振り返りながら、経済的不平等が小さい方が社会や人々の生活にとってより良い状況をもたらすということや、不平等はどんな国、どんな歴史においても必然的なものではなく、不平等の度合いは拡大したり縮小したりしているということを検証する。そして、不平等を縮小してより平等に近づくようために、私たちが政府に対して何を訴えていけばいいのかを提言する。

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  1. 2017/07/20(木) 10:03:00|
  2. ≪各号≫紹介

【各号紹介】2017年6月号「Homelessness(人権としての住居とホームレス)」


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日本でホームレスと聞けば、真っ先に頭に浮かぶのは路上に暮らす「路上生活者」ではないだろうか。景気低迷の中、仕事を失った等の理由で公園や河川敷で暮らし、空き缶集めや民間団体の支援でなんとか生活している人々の話が、一時期メディアでよく取り上げられていたが、それもそう昔の話ではない。

ただ、今月のニュー・インターナショナリストでは、英語のhomeless意味として、また実際の支援の現場を反映したより広い意味のホームレスについて取り上げている。

仕事に就けずに困窮した路上生活者に加え、何らかの理由で友人宅を転々としていたり、民間団体のシェルター(一時滞在場所)に短期間身を寄せる人、ネットカフェやファーストフード店で夜を過ごす人々など、一定期間落ち着いて安定した暮らしを営む場所がない人々も、このホームレスに含まれる。

ホームレス状態に陥っている人々の背景や理由はさまざまである。単なる貧困の問題ではなく、そこには家庭での暴力、パートナーとの問題、学校でのいじめ、精神障害や薬物依存症など、自分や周囲の人々との関係が大きな要因になっている場合もある。

そしてまた、自分とはまったく関係のない要因、例えば、投機目的の不動産売買による住宅事情の悪化、都市開発による立ち退き問題、政府の貧弱な福祉政策、政治家や官僚の腐敗といった理由で行き場を失う人々もいる。

今月号では、そんなホームレス状態に陥っている人々の現状と背景を探り、その問題を考え、解決に動いている団体の情報も紹介する。また、ホームレスとなっている人々の声も取り上げている。

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Keynote(主要記事)の翻訳はこちら


  1. 2017/06/25(日) 14:11:32|
  2. ≪各号≫紹介

【各号紹介】2017年5月号「Freedom in sight?(西パプアの自由と解放)」


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一般の日本人がパプアと聞けば、ほとんどの人がパプアニューギニアを思い浮かべるだろう。そして西パプアと聞けば、そのパプアニューギニアの一部と思うかも知れない。

しかし西パプアとは、インドネシアに属する西パプア州とイリアンジャヤ州のことである。日本の面積の2倍あまりもある大きなニューギニア島の西半分がこの西パプアで、東半分がパプアニューギニアだ。
  地図(Free West Papua Campaignウェブサイトへ)

19世紀にオランダの植民地となった西パプアは、第2次大戦後もインドネシア領とはならずにオランダの管轄下にあった。インドネシアがオランダに西パプアを手放すよう強く求める一方で、オランダは1952年に西パプアの自治権を認め、その後の独立も保証した。「西パプア」という国名と明けの明星をあしらった国旗が公式に決まったが、結局は深まる冷戦の対立の中でインドネシアを西側につけるため、やらせの国民投票によって西パプアは正式にインドネシア領となった。

インドネシアは、独立への動きだけでなく、その帰属に異を唱える者を弾圧し、西パプアのアイデンティティーを否定してインドネシア化を進めてきた。

今月のNIでは、ほとんどニュースになることのない、しかし深刻な人権侵害状況の中で暮らし、闘う人々の現実と彼らの声を伝える。

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  1. 2017/05/25(木) 01:43:00|
  2. ≪各号≫紹介
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