NIジャパンブログ

【翻訳記事】世界初のカーボン・ネガティブの国、ブータン


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ブータンのハ渓谷
Greenmnm69CC BY-SA 2.5


ヒマラヤの小国ブータンは、世界で初めてカーボン・ネガティブ[訳注:炭素の吸収量が排出量を上回ること]を達成する国となった。これは主に、72%という世界最大の森林被覆率がもたらしたものだ。この国の75万人の人々が排出する炭素は年間150万トンだが、吸収量は600万トンを超える。ブータンの憲法には、森林被覆率を60%以上に保つよう定められている。さらにこのエコ先進国は、2020年までに栽培する食料を100%有機栽培にし、2030年までに廃棄物をゼロにすることを目指している。◆


NIJ参考:森林による二酸化炭素の吸収量と炭素の固定量(林野庁ウェブサイト)
http://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/20hakusho_h/all/h05.html


2017年4月号NI501p9 Bhutan goes negative の翻訳です。



  1. 2017/04/29(土) 13:12:12|
  2. 環境・資源

【翻訳記事】紙幣廃止で消えたお金と希望(インド)


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廃止された500ルピーと1000ルピーの旧紙幣


掘っ立て小屋のような家の中で、ラムザニは決断を迫られていた。それは、2人の子どものうち、養っていける1人を決めるという決断だ。彼女の夫はインドのマハラシュトラ州ビワンディの繊維工場で働いていたが仕事を失い、彼女の手持ちのカネも底をついた。そして今、普通の親が決めるべきでない選択を迫られている。

インドではナレンドラ・モディ首相が、腐敗、テロへの資金供給、偽札の取り締まり強化を目的とした旧高額紙幣の廃止を告知してから5カ月がたち、組合組織のない分野で働くスラムに住む労働者の窮状、特に女性たちの状況は急速に悪化している。

インドの労働市場では、インフォーマルな雇用と現金経済がほとんどを占める。労働者の90%以上(4億人あまり)はインフォーマル・セクターで働くが、その多くは銀行に貯金せずに家に現金を保管している。昨年11月、彼らは突然500ルピーや1,000ルピーの札を使えなくなった。この紙幣廃止前、流通する全紙幣の合計額の80%以上をこの2種類の紙幣が占めていた。

ラムザニのように家計を任されている女性たちは、日々の生活に行き詰まった。彼女はこう説明した。「繊維工場が閉鎖された後、夫は街角で紅茶を出す屋台の仕事を見つけました。彼は1日100から200ルピー[1.5~3ドル]稼いでいました。でも最近は、みんなお茶を飲むお金さえなく、屋台のオーナーはその屋台をたたんでしまったのです」

多くの人々が、栄養不足の子どもたちの学費を支払ったり、病気にかかっている家族の薬を買うことができなくなっている。中流層は銀行のデビットカードで現金なしで乗り切っているが、社会の最貧層にいる人々は銀行口座さえ持っておらず、この紙幣廃止は人々に絶望をもたらしている。◆

by ディルナズ・ボガ


2017年4月号NI501p6 No cash, little hope (India) の翻訳です。




  1. 2017/04/24(月) 23:02:00|
  2. 貧困・格差

【翻訳記事】アレッポへの市民マーチ


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画像をクリックするとCivil March for Aleppoウェブサイトが表示されます


難民の足跡をたどるため、ヨーロッパ各地から人々が参加し、ドイツからシリアに向かって歩いている。この「アレッポへの市民マーチ」は、昨年12月にスタートし、これまで1,000人以上の人々が参加している。ほとんど参加者は、数時間から数日の参加だが、全行程3,400キロを歩き通すことを目指す人もいる。

参加者たちは、難民とは逆の南下するルートをたどり、テントやスポーツ施設に泊まりながら、9月にはシリアに到達する見込みだ。もし、戦争で荒廃した国に入国できない場合は、トルコ・シリア国境から平和のメッセージを送る予定だ。

チェコ共和国でこのマーチに参加した25歳のキャシアは、次のように語った。「私は、消極的姿勢と自分自身の無力感が嫌になり、歩いています」

しかしシリア人の中には、このマーチをボイコットした人もいた。その理由は、マーチの運営者たちが、シリアの反体制派の独立旗ではなく、白旗(平和、民主主義、自由を象徴したもの)だけを携行すると決めたからである。また彼らは、この国境を超えた活動にシリア人の声が十分に反映されていないと非難している。だが一方では、この連帯の企画についてソーシャルメディアを使って歓迎を表明する人々もいる。◆

by リディア・ヌーン


2017年4月号NI501p9 March for Aleppo の翻訳です。



  1. 2017/04/23(日) 23:31:14|
  2. 市民・ムーブメント

【各号紹介】2017年4月号「Populism rises again(ポピュリズムの再来)」


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ポピュリズムとは、日本語では人民主義や大衆主義と訳される。それは、政治エリートではなく大衆の声を代弁し、大衆が欲するものを与える政治、などと言われる。ただ、本当に与えようとしているのか、単なるポーズなのかは、また別の話である。

オランダの政治学者キャス・ムッド(現在は米国ジョージア大学公共政策・国際関係学部准教授)は、ポピュリズムは、資本主義や社会主義などとは異なる厚みのないイデオロギー(thin ideology)であり、社会を庶民と腐敗したエリートという2つのグループがにらみ合うものととらえ、その政治は庶民の全体的な声を代弁するものである、と述べる。

ポピュリストと言われる今月号の表紙を飾った政治家たちを眺め、彼らに共通する点として何が思い浮かぶだろうか。際立つキャラクター、歯に衣着せぬ物言い、移民やマイノリティーなど社会的弱者への厳しい対応、人権や法よりも優先される自らの考えや価値観、合議よりも独断、融和でなく分断で支配…。

確かに、厚みのないイデオロギーをよりどころとするポピュリストたちを見ていると、社会を長期的に見たり、大局的見地から考えたり、多様な意見を落ち着いて議論したりする姿勢には欠けるように思える。

むしろ彼らは個別の問題に対して分かりやすくまた近視眼的な対案を提示する。それは、対症療法的な手段で、その場しのぎ的ですらある。

ポピュリストたちは、その時代にくすぶる人々の不満を栄養にして肥大する。人々を代弁して現状を変えるために働くと声高に主張するが、実はそうはならない。

個別課題に時々の対症療法で対応すれば、一時的には人々の溜飲を下げることにはなるものの、遅かれ早かれその視野に入っていなかった矛盾が噴出することは、今年1月にトランプ大統領の大統領令によって行われた、一部のイスラム教徒が多く住む国の人々の入国禁止令を見れば明らかだろう。

今月号では、独裁色を強めて分断で統治しようとするポピュリズムが引き起こす状況を乗り越えていくために、この政治的な流れの見方、考え方、行動の仕方を考えてみる。

2017年4月号 No.501「Populism rises again(ポピュリズムの再来)」目次へ 170630nijlogo.jpg

Keynote(主要記事)の翻訳はこちら




  1. 2017/04/15(土) 23:42:00|
  2. ≪各号≫紹介

【翻訳記事】粘り強い革命(シリア)


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(画像をクリックするとNIの英語記事のページが開きます)

※2015年9月号「Syria's good guys(立ち上がったシリア人による市民活動の今)」からの掲載

シリアで蜂起が始まった時、過去数十年見られなかったレベルで市民社会が活発化した。ダニエル・アダムスが、現在の破滅的状況にもかかわらず続く市民社会の活動を報告する。


シリアの活動家グループが、2011年12月に首都ダマスカスの坂道に2,000個のピンポン玉を放った。そのピンポン玉の一つ一つには、自由という言葉が書かれていた。

革命的なグループが集まった組織「フリーダム・シリア・デイズ」は、シリアが戦争状態に陥って動揺し、蜂起当初の象徴である非暴力かつ突破力のある精神を維持するのに苦心している。彼らは、市民の不服従の力でアサド政権をまひさせることにこだわっており、ゼネストを主導し、店を休業させ、交通網を混乱させた。そして、クレジットカードに接着剤を塗って現金自動預け払い機(ATM)に入れたり、ダマスカスの噴水に赤いインクを流し込んだりもした。活動家たちは軽い気持ちで実行しているのではない。それは、創造的な抵抗活動のために活動家が拷問され殺されていることを知っているからだ。ただ、彼らが当時知りえなかったことは、ピンポン玉が放たれる一方で、アサドがイスラム教民兵とされる囚人たちをシリアの刑務所から解き放ったということだ。

政府はこれを、表向きは一連の「改革」政策に含めた大赦[訳注:恩赦の一種で、有罪判決を受けた者はそれを無効とし、未決の者は検察による起訴を無効にすること]とした。しかし、多くのアナリストが考えるアサドの真意は、市民の蜂起をイスラム教徒による反乱にすり替えることである。そうすることにより、革命を粉砕することと、シリア政権交代という米国の思惑を妨害することの両方を正当化できる。(1)

シリアの革命家が立ち上がるまでに長い時間を要したが、彼らがどう猛なイスラム民兵組織によって圧倒されてしまうまでにはまだだいぶ時間があった。しかし結局、アサドの選択的な囚人の釈放、平和的な抗議活動に対する軍の残忍な弾圧、外国勢力による干渉(NIのp15に掲載の記事‘Proxy War’を参照)がシリアを全面的な内戦に追いやっていくことは間違いなかった。

2013年には、イラクを悩ましてきたスンニ派のジハード運動家たちが国境を越えて広がり、母体となった組織よりもずっと暴力革命寄りで執念深いISIS(イスラム国)へと変化していった。アサドは、西側から高まる警告を受け取りながら、わくわくしていたに違いない。彼は、シリアはテロリストをうまく扱っていたし、自らの政権が狂信的行為への唯一防波堤なのだ、と常々述べていた。2014年までには20万人が死亡し、シリアは廃墟と化し、アサドの言葉はもっともらしく響き始めた。

 粉々になった恐怖

シリアを炎上させるというアサド政権の意図は捨て身の戦略ではあるが、不合理なものではない。しかしながらアサドは、聖戦主義者による暴動の行く末を恐れながらも、ピンポン玉活動家を生み出した非暴力による蜂起をもっと恐れていたようだ。

彼が実際に恐れていたのは恐怖の弱まりだ。恐怖は、シリア人の言論と手腕と想像力を40年間にわたり封じ込めてきた。アサドのシリアをひとつにしていた結合剤は、恐怖だったのだ。現在、蜂起がもたらした圧力により、その結合剤は粉々になった。

恐怖が弱まるにつれシリア人は、何世紀にもわたって沈黙させられてきた声に気づいた。彼らは、アサドの物まねをしてからかい、こびへつらって盲従する取り巻き連中を笑いものにした(NIのp20~23に掲載の革命アートのギャラリーを参照)。彼らは、何年も人々を脅かしてきた人物像を引きずり下ろし、普通のシリア人男女が希望を求める声を旗印に掲げた。中でも最も重要なことは、国に逆らう形でシリア国民のアイデンティティーを口にし始めたことだ。アサド政権は長い年月をかけ、シリア愛国主義という織物の中にアサド崇拝を織り込んできた。この織物が、突如として全体的にほころび始めたのである。デモ参加者たちは一発の弾を撃つこともなく、アサド支配の心理的土台を打ち壊したのだ。彼らを改革や賃上げでなだめても、今さら手遅れである。「おまえのパンなどいらない」と群衆が叫ぶ。「我々は尊厳がほしいのだ」

 立ち上がったばかりの市民社会

どの国でも、政権がその地位から引きずり下ろされる時、あふれ出るエネルギーは市民社会に注がれる。これまでシリアでは、活発化することが絶対に許されなかったセクターである。自由を求めてデモ行進した人々は、現在病院や学校を運営したり、違法行為を記録したり、ニュースを発信したりしている。中には地方議員になった人や、ジャーナリストの研修、あるいはトラウマを負った子どもの面倒を見るプロジェクトを立ち上げた人もいる。これらの率先した取り組みも、戦闘で停止させられたり、資金や経験が不足して行き詰まったりすることもしばしばだ。しかし、いかなる欠点があっても、シリアの人々の勇気によって、革命的な運動に火がついたのである。

この立ち上がったばかりの市民社会に対するアサドの攻撃は、シリア戦争の悲劇の中でもおそらく最も嘆かわしい一幕である。抵抗勢力が支配する町では、爆弾が学校や病院めがけて雨のように降り注ぎ、数千人の市民が殺され、数百万人が避難を余儀なくされている(市民による人道救援活動に関しては、NIのp24~25に掲載の記事‘Rushing towards death’を参照)。政権が支配する地域では、独自の考えが行き過ぎた人々は、誰であれ治安当局によって拘束される。インターネット上の情報の自由を目指してキャンペーンを行ったウェブ開発者のバセル・ハルタビル、あるいはシリアの良心の囚人[訳注1]を擁護した弁護士のハリール・マトゥーク、またはダマスカスの赤新月社でボランティアをした人道主義者のラエド・アルタウィルのようにだ。これら3人の男性は2012年に投獄されたが、それ以来消息は不明である。

彼らのような悲劇的な日々を送っている人々がどのくらいに上るのか、それは誰にも分からない。その数は多ければ15万人ほどになるかもしれない。彼らが耐えているその状況は、多くの人々には想像もできないものだ。刑務所の中で行われていることの一端が世界で初めて明らかになったのは、2014年に法廷写真家が5万5,000枚の写真を入れたメモリーを持ってシリア軍から逃れてきてからである。その写真には、飢餓、パイプによる殴打痕、タバコを押しつけた痕や酸によるやけど、電気ショック、指の爪をはがした痕、首を絞めた痕、刺し傷などが残る1万1,000あまりの死体が写っていた。

より人道的で開かれた社会の構築に最も貢献する人々の中で、あまりにも多くの弁護士、ジャーナリスト、医師が逮捕され、その人材が一部奪われてしまった。その他多くの人々は、シリアを脱出した。2011年と2012年のころの楽観的な見方は、完全なる破壊によって押しつぶされてしまったのである。

 見捨てられた英雄

以上のような状況にもかかわらず、シリアの非暴力による抵抗は現在も続いている。そのエネルギーのほとんどは必要にも迫られ、がれきから負傷者を救出したり、診療所の物資を絶やさないようにしたり、包囲された地域に食料を届けたりなどの緊急支援に向けられている。しかし、このような状況にあっても、自由な報道機関の創設、女性への教育、過渡期の司法制度的な概念といった、国家建設のための長期的な取り組みをする活動家がいる。「ニュースで流れるのは、流血と破壊ばかりでしょう」、とある女性が2014年に国際人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。「あなたには、そんなニュースに隠れている部分は見えません。そこには、平和裏に物事を進める市民グループがいるのです。私たちは今もそこにいます」

彼らのような活動家を無視し、ISISのおぞましい魅力にとりつかれたメディアは、テロとの戦いというアサドの筋書きに沿った報道をし、シリアの民主主義者に関する話は無視している。そしてシリア人のことを、何もできない被害者で、イスラム原理主義者と専制君主との血みどろのゲームに巻き込まれているという構図で報道している。人々が始めた闘いとその犠牲を顧みれば、彼らがどれほど落胆させられているか想像するのも難しい。

現状では、がれきの中から安定した活力ある民主主義が生まれつつあるというような甘い見方をする者はまったくいない。この国の半分の人々は避難を余儀なくされ、非常に多くの人々が、完全な回復は難しい苦しみを抱えたり行為に関係した。さらには、人々は世代にかかわらず、シリア国境沿いに集まる難民キャンプでトラウマを抱え、読み書きもできないまま育っていくのである。

しかし、甘い見方よりも悪いことは、蜂起当初にとても力強く掲げた希望をしぼませることなく保ち続けるために今も闘っている勇気ある男女を見捨てることだろう。国際社会が依然として行っている彼らを無視する行為は、彼らとの連帯を奪うことや、資金提供や研修の実施を制限すること、そして間違いなくシリアの将来に関する国際交渉の舞台おいて彼らの声を排除することにもつながるのだ。

今月号では、誌面の都合もあってわずかな事例しか取り上げられず、多くの英雄的な人々やその他大勢の知られていない人々を紹介することもできない。このような制限はあるものの、シリアにおける最も優れた勇敢な革命家の中から数人の声を知り、それを広めていくよう今回は試みた。彼らに、国際社会はどんな支援ができるのかと尋ねた時、その多くは口をそろえたように一つの答えを返した:シリア人に必要なのは、アサドの樽爆弾[訳注2]による爆撃から人々を守るための国際的強制力のある飛行禁止区域だ。

彼らの声はこの明確な回答以外にも、シリア革命の当初からの特徴であった人道的、創造性、想像力を示すものである。ジャーナリストのマゼン・ダーウィッシュは、ダマスカスの刑務所から密かに持ち出された手紙に書いた。「シリアの人々は、再生の宿命を背負っており、尊厳、自由、正義に基づいた国を作る能力がある」。これは、今月号に寄稿した人々やインタビューに答えた人々の誰もが示していた見解だ。さらに彼らは、シリア人はISISカルトによる死を受け入れているのだろう、あるいは独裁者の下で暮らす方がより良い生活が送れるだろう、といったいかなる思いつきにも強い非難を浴びせる。◆


(1)非暴力の活動家を獄中に残し、数知れないサラフィー主義の聖戦士を自由にするというシリア政府の選択的な恩赦については、"From Deep State to Islamic State - the Arab Counter-Revolution and its Jihadi Legacy"(Jean-Pierre Filui著)のp200~205と、"ISIS - Inside the Army of Terror"(Michael Weiss&Hassan Hassan著)のp144~152を参照のこと。

訳注1:思想や信条、人種、信仰、性的指向などを理由に投獄されている人々。世界の良心の囚人の状況に関しては、人権NGOのアムネスティが声明を出したり(下記ウェブサイトのトップページの「人権の最新ニュース」を参照)、政府に解放を働きかける活動をしている。
http://www.amnesty.or.jp
http://www.amnesty.or.jp/get-involved/act/team/prisoner_of_conscience.html

訳注2:樽のような容器に火薬、燃料、金属片などを入れた爆弾。ナパーム弾のように火災を起こしやすく影響範囲が広がり、市民が巻きこまれることが多い。最近のシリアでの使用は次のニューズウィーク日本版を参照のこと。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/05/post-3641_1.php


2015年9月号NI485p10-12 A resilient revolution の翻訳です。c485-100.jpg



  1. 2017/04/08(土) 02:03:00|
  2. 暴力・平和・人権