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【翻訳記事】ベーシック・インカムは右派への贈り物?


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ベルリンで行われたベーシック・インカム導入を求めるデモ
stanjourdan (CC BY-SA 2.0)

この不安定な社会でベーシック・インカムが保証されれば、すべての人々は安心して暮らせるのだろうか? その答えは何を犠牲にするかによる、とニック・ダウソンは主張する。

ベーシック・インカムへの支持は、いまや政治的にはあらゆる層に広がり、その考え方を受け入れる時代が到来したようだ。それによって誰であろうと、労働を強いられるようなことはなくなるかもしれない。そして、現在の福祉政策よりもシンプルな仕組みができてコストが下がる可能性もあるが、実際のところは「福祉への依存」をすっかり排除する可能性もある。

ベーシック・インカム(またはシチズンズ・インカムとも呼ばれる)とは、市民あるいは合法的な居住者であれば、国から最低限の収入を受け取ることができるという政策である。またこれは、「失業手当のわな」と呼ばれる状況(失業手当給付に関して資産調査や所得調査による減額や処罰、その他厳しい条件がつくことで、失業者がボランティア活動をしたり研修へ参加したりすることを控えてしまう)をも回避するものだ。

ベーシック・インカムがあれば、人々はいざというときの頼みの綱があることを意識して短期間の仕事でつなぐことができる。また、無給の仕事でキャリアを積む際にも収入は保証され、雇用主が悪徳な場合の備えにもなる。

だが、これらのような期待にこたえることはできるのだろうか? もしかすると、世の中にはあちこちに抜け道があるように、転落と危機をはらんだ手段ではないのだろうか? あるいは、「自由に使える」現金について議論する方が、誰にとっても不可欠で提供が必要な保健医療や住居などを公的に用意するための面倒な施策について議論するよりも容易なのではないだろうか?

  さようなら福祉国家

自由市場主義者は反福祉国家という感傷的な夢を抱いているが、彼らはベーシック・インカムをそのための完璧な口実と考えている。つまり、ベーシック・インカムを公的サービスの代わりに導入し、その他のことは市場に任せるということだ。

影響力がある「自由市場」主義者で経済学者のミルトン・フリードマンは、政府が市場に干渉せずに福祉の責務を果たす方法として収入保証を支持。「個別の福祉プログラムを寄せ集めたやり方と置き換えるべきだ」と述べている。(1)

ビジネスサイトのFastCoExistは、「ベーシック・インカムは保健医療から所得税控除まで、複数の公的支援を1回の支払いに置き換えることができるだろう」と述べる。(2) これまでのところベーシック・インカムの導入実験で最大のものは、2,240万ドル規模のフィンランドが行っているものだ。フィンランドの右派政権は、これによって保健、教育、福祉の削減も狙っている。(3)

ベーシック・インカムは、バウチャー制度[訳注:社会サービスが受けられる利用券、引換券、割引券を配布する制度]、市場化、公的サービス崩壊が取りざたされると、より多くの注目を集めるようになった。スウェーデン、チリ、米国ルイジアナ州最大の都市ニューオリンズでは、親が費用を支払うためのバウチャーが支給され、公立あるいは私立の学校を選ぶという制度が導入された。(4) 英国イングランドでは保健サービスの「個人保健予算制度」と大規模な外部委託制が押しつけられ、スペインでは保健医療の自己負担制度が導入された。(5)

ベーシック・インカムは、福祉国家をもっと骨抜きにしたい右派の口実となり、公的サービス拡大のための議論促進を困難にする。公的サービスが縮小すれば、たとえベーシック・インカムを受給したとしても、それまで公的サービスとして行われていたサービスを受けるために受給分を使い切ってしまうだろう。また、ベーシック・インカムの実施内容によっては、最貧層への再分配が増えるとは限らない。右派は予算削減のさなかにベーシック・インカム導入をもくろみ、その方向性に従えば、多くの人々の生活レベルが悪化する可能性がある。英国の大学の学費(以前は無料だった)の返済で考えてみれば、英国の非営利団体シチズンズ・インカム・トラストによって2013年に示されているベーシック・インカムのレベルの場合、返済に数十年かかるようになる可能性もある。(6)

多くのサービスは公的に提供されるのが最善策だ。たとえば英国では、国営保健サービス(NHS)が包括的保健医療制度としては無料(受診時)ですばらしい制度をもう長い間続けている。保険を基本とした多くのシステムよりも低コストでより良いサービスを提供し、米国の保健医療制度のような悲惨で無責任な市場によるものの半分のコストですんでいる。(7)

住居についても同じことが言える。公的な投入は、民間セクターよりも質の高い住宅をずっと大規模に提供することが可能だ。(8) 民間の賃貸業界への補助金は、公営住宅よりも高くつき、民間賃貸住宅所有者が家賃を値上げする引き金となる。「ベーシック・インカム」も、やり方によっては同様の影響をおよぼすリスクがある。(9) そして非常に重要なことは、住居は誰にでも不可欠なものにもかかわらず、規制されない民間市場では多くの人々が安心できる手段がほとんど存在しないことだ。

  将来的にも意味のある制度を

私たちは、より大胆な議論をする必要がある。人々のニーズに対応するということは、全員にカネを配るということではないし、人々が良い生活を送るためのカネの使い道を市場任せにすることでもない。

多くのベーシック・インカム支持者は、自由と自由市場に関する右派の前提を暗に受け入れてしまっている。それには、人々がカネを渡せばあとは市場がうまくやってくれる、という意識も含まれている。公的サービスにおいては、個人化した市場の「選択」の導入を大幅に推進すること不要だが、それは私たちが住みたいと考える社会についての選択肢を狭めることにつながる。民営化された保健医療制度は、いろいろな企業のサービスという選択肢を私たちに与えてくれるかもしれない。だが私たちは、利益よりも患者を優先することが可能なスタッフがいる地域の病院へ行くという選択肢を失ってしまうのだ。

私たちの生活のあらゆる部分に市場が拡大すれば、破滅的な影響を受けることになる。幅広い価値観よりも利益追求が優先され、選択肢があるといっても個々のブランドを選択する程度のうわべをつくろった選択とすり替えられてしまう。

保健医療、教育、住居における民営化の波を押し返し、品質の良い公共交通機関と水道・電気・ガスなどの公営事業を低料金で、あるいは無料で提供するために制度を整備し、それによって生活費を削減し、また誰もが本当の選択ができるよう取り組みを始めようではないか。物への課税(付加価値税や物品サービス税)のような隠された逆進的な税[訳注*]と手数料を改革し、その分のカネがきちんと人々に配分されるようにすることも、私たちにはできることだ。

これはまた、公正さの問題でもある。

将来、AI(人工知能)によって私たちの多くを失業者にすると言われているシリコンバレーの金持ちは、社会的、経済的な安定を求めてベーシック・インカムについてロビー活動をしている。しかしその一方で、巨万の富を独占している。

技術ライターのベン・ターノフは次のように主張する。「今後登場するであろうロボットは、私たちの税金、注目、データが結集されて開発されたものになります。こんな状況においてベーシック・インカムとは、あなたのサンドウィッチを取って食べたいじめっ子がこぼしたパンくずのようなものだと言えるでしょう」(10)

このような背景において、ベーシック・インカムとは何なのか? それは単に、社会的に所有すべきとされる土地と公的資源を私的財産として「囲い込まれた」人々に対して支払われる、本来必要な補償のうちのわずか一部にすぎないものということになるだろう。

私たちは、右派がベーシック・インカム導入のために働きかける際の前提と主張を受け入れることはできない。もしも左派がベーシック・インカムを支持するのであれば、新自由主義国家へ向かう道を逆戻りするための試みの一部として、はっきり位置づける必要がある。それは、公的サービスの向上と拡大から着手すべきもので、その意思決定過程には労働者と一般の人々が完全に含まれる。現在起こっているようなサービス提供のシフト、すなわち、人々の必要性に応じた公的なサービス提供から、支払い能力に応じた個人的なサービス提供へ移行する動きのことで、その一角を担ってはならないのだ。定期的な現金給付にまどわされ、私たちの環境、科学、あるいは社会に関して、将来的な可能性を制限してしまわないよう注意が必要だ。◆

ニック・ダウソン
ライター、国営保健サービス(NHS)に関するキャンペーン活動家。

(1) Matt Orfalea, ‘Why Milton Friedman supported a guaranteed income’, 11 December 2015, http://nin.tl/Friedman-basic
(2) Ben Schiller, ‘A Dutch city is experimenting with giving away a basic income of $1,000 a month’, 22 January 2016, http://nin.tl/DutchBA
(3) Vito Laterza, ‘Finland: basic income experiment - what we know’, 9 December 2015, http://nin.tl/FinlandBI
(4) Richard Orange, ‘Sweden urged to rethink parents’ choice over schools after education decline’, The Guardian, 4 May 2015, http://nin.tl/Sweden-schools; Naomi Klein, ‘The shock doctrine in action in New Orleans’, Huffington Post, 21 December 2007, http://nin.tl/Orleans-shock
(5) Adam Gaffney, ‘Austerity and the unraveling of universal healthcare’, Dissent, 2013, http://nin.tl/EUhealthcare
(6) 現状の大学の授業料最高額を年9,000ポンド、教育期間を最短の3年間として考えると、シチズンズ・インカム・トラストが示している71ポンド(95ドル/週)というベーシック・インカムの金額で計算すれば、授業料の返済だけで7.3年かかることになる。実際には、大学時代の生活費、学費ローンの利息、その他卒業までの費用を含めれば、返済期間はその数倍になる。
(7) http://nin.tl/NHSspend
(8) 英国では、第二次世界大戦後に各地方団体が大規模に公営住宅を供給するようになった。1970年代末までは、年間10万戸の公営住宅が建設された。しかしサッチャー政権でこの施策は終了し、その後は住宅供給数が劇的に減少する一方で、価格と家賃は高騰した。次のBBCのサイトを参照。
http://bbc.com/news/magazine-30776306
(9) Martin Farley, ‘Why Land value Tax and Universal Basic Income need each other’, 20 April 2016, http://nin.tl/FarleyBI
(10) Ben Tarnoff , ‘Tech billionaires got rich off us. Now they want to feed us the crumbs’, The Guardian, 16 May 2016, http://nin.tl/techBI

訳注*:税の場合、収入と税負担が反比例すること。日本の消費税は収入に関係なく8%のため、同じ値段の物を買えば年収200万円の人でも2,000万円の人でも同額の税金を支払っていることになり、これは逆進税と呼ばれる。一方所得税は、収入に対して一定割合で課税されるため、所得が高ければ税額は高くなり、低ければ低くなるという累進性のある税金(累進税)である。



2016年11月号NI497p26-27「Why a basic income could be a gift to the Right」の翻訳です。c497-100.jpg



  1. 2016/11/30(水) 00:53:08|
  2. 政治・国際関係