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【各号紹介】2017年9月号「Bad education(学校教育と企業)」


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何をどのように次の世代に教えていくのか。このことに関しては、思想や信条の自由はもちろん、政治権力の思惑もからみ、昔から政治的観点での闘いが繰り広げられてきた。

最近の過激な出来事としては、トルコのエルドアン大統領が2016年7月、政府に批判的な教員、学者、学校関係者らをクーデター未遂という名目で解雇や停職等も含めて職から外し、その数は5,000人上ったということもあった。

日本でもここまで劇的ではないにしても、国旗掲揚や君が代をめぐる教員と学校・政府側との闘いは長く続いており、また教科書を舞台にした第二次大戦に関する記述内容や表現、あるいは最近では原発事故をめぐる記述や日本を褒めそやす愛国的内容の記述、そして評価が必要になってくる道徳の授業化をめぐる闘いなども起こっている。

このような政治における闘いに加え、最近では経済での闘いも勃発している。これは教育に経済性という観点が加えられて企業が参入し、直接的には企業との闘いと言うこともできる。

そしてそこには、指導要領、教科書、試験問題から、学校経営、教員評価方法、国際テストの標準化まで、グローバルな教育企業がその影響力を増大させているという現実がすでにある。

教科書、指導方法、機材などを標準化し、できるだけたくさんの学校で採用してもらう、あるいは自ら学校を経営する。それは、大量生産によるコスト削減を目指す考え方と何ら変わらず、教育で利益を上げるひとつの方法である。

教育に割く予算が非常に限られ、また貧しい人々も多い開発途上国では、教育を安く受けさせるとする学校運営に営利企業が取り組み、開発途上国では就学者数でいえば、すでに小学生の13%、中学生の25%がそのような企業運営の学校で学んでいる。

しかし極貧層ではなく貧困層をターゲットとしたそのような学校の問題点はさまざま指摘されている。例えば、料金をチャージしたブレスレットを子どもたちに着けさせ、チャージされていれば授業を受けられ、不足していれば授業を受けられらないという方式を採用している学校もあるが、これを運営企業は、収入が不安定な親に合わせた柔軟性のある画期的な方法だと喧伝する。

今月は、営利企業が運営する低費用の学校の問題から、先進国でも進む学校教育の中身を置き去りにした標準化の問題、デジタル技術とICT(情報通信技術)への過度な依存など、教育の今を報告し、今後を探る。



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  1. 2017/09/18(月) 23:09:26|
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