NIジャパンブログ

【翻訳記事】狙われる人権活動家


20170331ヤルムーク
食料配給を待つ人々、2014年1月下旬ヤルムークにて。
Jordi Bernabeu Farrús (CC BY 2.0


シリアの内戦において、政府、反政府のどちらの陣営からも繰り返し襲われるアブドゥラ・アル・カティーブ。しかし、彼はそれでも声を上げることをやめない。このパレスチナ系シリア人の活動家が、エリン・キルブライドに語ったこととは。

アブドゥラ・アル・カティーブは、彼の恋愛生活について質問しないジャーナリストは信用できないと言った。私が彼にインタビューしたのは月曜日の昼だが、彼はその週すでに新聞6社の取材に対応し、ヤルムーク難民キャンプでの人権活動についてインタビューを受けていた。話した内容は、戦争、パレスチナ人の権利、殺害予告、彼の現在の活動がすべてで、彼に恋人がいるのかどうか、誰からも一度も質問はなかったという。

私たちの会話の最後に彼は言った。「質問され、それに答え、次の質問がきて、それに答える。私が人を愛するのかどうか、気にしている人はいないようですね」

彼のこれまでの劇的な日々を振り返れば、ジャーナリストたちが彼の個人的な生活について聞きもらした理由も容易に理解できる。2014年と2015年ヤルムークが包囲された時、メディア、人権団体、援助関係者は、15万人の飢えた難民キャンプ居住者に関して必死に情報を求めていた。パレスチナ人の人権擁護活動家アブドゥラは、その主な情報提供者のひとりとなったのだ。

包囲の前、そしてつまりシリア内戦が始まり、ISISが現れ、世界がヤルムークに関心を持つようになるずっと前から、アブドゥラはシリアのパレスチナ人コミュニティーの維持に奔走する多くの若い活動家のひとりとしてキャンプ内では知られた存在だった。

現在27歳のアブドゥラは、パレスチナ人青少年サッカークラブに9歳で加入したことを自身の積極的な行動主義の原点として挙げた。彼は、自分たちは存在しているだけで迫害を受けていたため、コミュニティーを育んでいくこと自体が抵抗の実践になる、と語った。

彼はいくつかの青少年開発組織を立ち上げ、地元のサッカーチームのコーチをし、彼が住む近隣で行われた食料配給の国際支援活動を手伝い、国際監視員が閉め出された時には人権報告を作成した。

バシャール・アル・アサド政権への革命の初期からそれを支持し、積極的に活動していたアブドゥラは、2回以上命を落としかけた。彼は、政府だけでなく、ヌスラ戦線やイスラム国(ISIS)といった武装勢力にも何度も命を狙われた。

ISISのメンバーは、彼は神を冒とくし、「世俗的で神を信じないプロジェクト」を率いているとして、ダマスカス中のモスクで彼に反対する活動を行った。2015年4月、ヤルムーク全体がISISの支配下にほぼ落ちかけた時期、民兵が彼の家を急襲した。アブドゥラはなんとか捕まらずに脱出できたが、それは2カ月足らずの間に起こった2度目の誘拐未遂だった。

2016年6月には、彼は危うく殺されるところだった。ISISは後に犯行声明を出したが、その時彼は胸を撃たれて危険な状態となり、それ以来身を隠した。

問題はISISだけではなかった。銃撃を受けてから1カ月もたたないうちに、地元のシリア・イスラム委員会から出頭するよう連絡があった。その委員会は、難民キャンプの西に位置する反政府勢力支配下の町ヤルデルにあったが、当局者らはヤルムーク子どもプログラムで「女児に水泳を教えた」ことに憤慨していた。

暴力的、抑圧的なグループは、ヤルムークや全国で活動するアブドゥラのような人権擁護活動家たちが平和的な活動を通じてコミュニティーを守り、支援し、殺人者に対してはその責任を追及しているため、彼らを抹殺しようとしていた。

ヤルムーク難民キャンプが包囲されて人々が飢えた時、アブドゥラは食料生産のためにコミュニティー菜園プロジェクトを立ち上げた。民兵組織が兵士にする子どもを集めた時、彼は社会心理学的な支援をして子どもたちの家族に寄り添った。人権組織がISISの残虐な振る舞いを調査しにキャンプ内に入れなくなった時、彼は写真、音声、報告を国際ジャーナリストに送る手はずを整えた。

ヤルムークで20年近くにわたって活動してきたスキルをどのように身につけたのか尋ねた時、彼は単純に次のように述べた。「私たちはパレスチナ人です。生き延びていくことに、とても、とても長けているのです」

数万人に上るヤルムークの住人の大半は、1948年のイスラエル建国により勃発した戦争で故郷を追われたパレスチナ人の子孫である。シリア内戦当初から、ヤルムークは何度も爆撃され、包囲され、化学兵器による攻撃を受けた。そして今度は、故郷からここにたどり着いたパレスチナ人難民の2世、3世が追い立てられたのである。

現在、にわか作りの難民キャンプがヨーロッパのあちこちにできているが、どれがパレスチナ人のキャンプかは、彼らの言葉のアクセントを聞かなくても見分けることができるだろう。ギリシャの難民キャンプで携帯電話充電ステーションを作り、親類の子どもたちに少額の使用料を徴収させていたのがパレスチナ人たちである。

彼らはまた、並外れた活動家だ。

アブドゥラは語る。「人々を思いやる場合、負うべきことは全体に及びます。もし誰も道路清掃をしなければ、私が道路を掃除します。爆撃の後に火事になって誰も消火しなければ、私が消火します。住民が直面する危険について誰も報告しなければ、私が報告の書き方を習う必要があります。それは私たちの義務です。革命的な義務、宗教的な義務、住民としての義務なのです」

アブドゥラは、むしろ活動家とは言えないような活動を多数行っている。彼は教えることが大好きで、ヤルムークの青少年サッカーリーグでコーチをしていた時は最高にうまく教えられたと言う。

援助スタッフは面白いことはあまりなく、わくわくすることもめったにない、と彼は述べた。食料配給はきつくて寒く、シリアの冬は特にそうで、どの家族に米を渡すのかを決める役割になった時、怒りの矛先が向けられやすくなるという。

アブドゥラは、シリアや他の紛争地帯では、活動家と人道支援スタッフの境界ははっきりしていないのではないかと感じている。「難しい点です。『いいえ、私はそれはやりません。私は人道支援スタッフではなく、人権活動家だからです』とは言えないのです。何でも対応するように準備をしておく必要があります。もしそうでなければ、活動家は務まりません」

もし、政府あるいは武装勢力が、民間人を兵糧攻めにしようと考える場合、食料を迅速に人々に配給する人道支援スタッフは、難民キャンプで最も目立った活動家になる。2015年にISISがヤルムークを占領した時、ISISがアブドゥラの暗殺を公に呼びかけるようになるのに1年もかからなかった。彼はこのことについて、外国メディアと連絡しながら行われていた彼のコミュニティー食料プログラムが大きな要因になっていると考えている。

アブドゥラがとても強調していたのは、ほかにもたくさんの人々が彼のように取り組んでいるということだ。6年にわたりシリアの活動家たちは、シリアで起こっている戦争と人権侵害に関して最も洞察に富んだ決定的な報告を提供してきた。それは活動家にとって、しばしば身を危険にさらす行為である。彼らはその活動が原因で拘束されたり、拷問されたり、行方不明になったり、殺されたりした。包囲されたコミュニティーと戦時下の国においては、人権擁護活動家がより重要な命を救う役割を担う。

2016年の終わり、反政府勢力最後の支配地域だったアレッポが政府によって奪還されようとしていた時、人権擁護活動家たちは引き続きがれきから子どもたちを救出し、医療対応の調整をし、継続する爆撃に関する報告を録音してジャーナリストに送るといった活動に時間を割いていた。

彼らはアブドゥラのように、活動家、援助スタッフ、戦地通信員、コミュニティー・ボランティアという役割を一手に担っていた。彼らは、アレッポで行われている暴力のまさに目撃者で、国連、外国の援助団体、国際人権団体、メディアにとって唯一の信頼できる情報源なのである。

彼らは少しでも多くの命を救うための対応に追われている上、これまでの事例からもインタビューを受けることが彼らの拘束のリスクを高めてしまうことが分かっている。それにもかかわらず報告活動をするのだ。

アブドゥラは、周囲に知られていてリスクが高い活動家と、可能な限り静かに暮らしている人々の間には、平均寿命で50歳ほど差があるのではないかと考えている。

彼は過去に多くの組織から命を狙われ、すでに死んでいたかもしれないが、だからといってそれが黙ることの合理的、あるいはやむにやまれぬ理由には当たらない、と考えていると述べた。

「今日か、あるいは100年のうちに、どちらにしても今地球上に生きている人は誰もが死を迎えます。従って私たちにできる唯一のことは、生きている間に他の人々のためになることする、そう取り組んでいくことなのです」◆

エリン・キルブライドは、フロント・ライン・ディフェンダーズで働く。
http://frontlinedefenders.org


2017年3月号NI500p18-19 Everybody's target の翻訳です。c500-100.jpg



  1. 2017/03/31(金) 23:01:00|
  2. 暴力・平和・人権

【翻訳記事】民主主義への障害(ビルマ)


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2016年9月にニューヨークで開かれたアジア・ソサエティーの講演会でのアウン・サン・スー・チー。
(写真と記事は直接は関係ありません)
Ellen Wallop/Asia Society  (CC BY-NC-ND 2.0)


アウン・サン・スー・チーの国民民主連盟(NLD)が、50年に及ぶ軍事政権の後に政権に就いてから、今月で1年になる。軍の後押しを受けた政権が2011年に始めた改革以来、報道の自由を含む基本的な人権の状況が向上したことに疑いはない。しかし、報道の自由を阻む深刻な困難はいまだに存在している。ジャーナリズムの自己検閲、NLDの統治経験不足、そして相変わらずの政治に対する軍の影響力は、報道機関の役割である監視の実践の妨げとなっている。

数十年にもわたる弾圧に耐えたこともあり、NLD政権に対する国民の目はいまだに厳しくはなっていない。だが、「貴婦人」として知られるアウン・サン・スー・チーに対する人々の信奉は、報道機関に負の影響を及ぼしている。「新政権に対してはどんな批判でも大きな反発を招きます」と語るのは、『ザ・ボイス』紙の編集者であるキュン・ミン・スウェだ。「こんな状況にあるため、報道機関が政府の説明責任を追求することが困難になっています。自己検閲が大きな問題です」

民間の報道機関が政府への説明を追求することを怠り、それが国営テレビの政府寄りプロパガンダと相乗効果をもたらしている。国際ペンクラブの理事会メンバーであるマ・チダは次のように説明する。「政府は、国営メディアの民営化をまだ行っていません。国営テレビは、政府のプロパガンダの手段として引き続き利用されています」

政府の透明性が不十分なことも、説明責任の障害となっている。メディア向けの研修を実施するアウン・ナインは、「NLDは、政府というよりもいまだに野党のように振る舞っています」と述べる。多くのジャーナリストが、政府は信頼するわずかな人々や組織だけに情報を流している、と不満を漏らす。記者会見はめったに開かれず、NLDの閣僚たちがメディア対応について頼りにするのは、前政権に任命された官僚たちである。官僚が情報開示に積極的でなく、情報公開を保証する法律が整備されていないこともあり、ジャーナリストが公的な情報源にアクセスすることが制限されている。

正式には権力は移行されているにもかかわらず、軍は依然としてかなりの政治的影響力を及ぼしている。軍は3名の閣僚を指名し、その中には影響力のある内務大臣、国境担当大臣といったポストも含まれる。治安の監視は、ジャーナリストの民族紛争地域への訪問を拒み、軍関係者がビルマの厳格なメディア法を行使して批判者を追い詰めることを可能にしている。10月にコ・ラ・フォンは、画像ソフトで加工したミン・アウン・フライン国軍司令官の画像をFacebookに投稿した容疑で起訴された。メディア委員会のメンバーであるキャウ・ミイントは、「NLD政権は、軍が草案を作成したメディア法を置き換えることを優先課題にしませんでした。そして実際には、NLDの政治家たち自身がこの法律を使い、インターネット上の活動家たちを名誉棄損で訴えたのです」と語った。

そのおとなしい対応にもかかわらずビルマのジャーナリストたちは、将来について楽観的だ。「ヨーロッパにおける民主主義の構築には数百年かかりました。私たちはすでにかなりの道のりを歩んできています」とアウン・ナインは言う。そこにたどり着くのは次の世代でのことになるかもしれない。とはいえビルマは、ようやく報道の自由への道を進んでいる。◆

by ティナ・バレット


2017年3月号NI500p8 Progress, interrupted(Burma) の翻訳です。c500-100.jpg



  1. 2017/03/30(木) 00:47:00|
  2. 政治・国際関係

【翻訳記事】<今月の編集者の巻頭言>創刊500号 ― 勇気と変化の時


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ニュー・インターナショナリスト・マガジン今月の編集者
左からバネッサ・ベアード、ディンヤール・ゴドレイ、ヘーゼル・ヒーリー



当初人々は、ニュー・インターナショナリストの若き創設者たちに向かって、そんな雑誌は長続きしないだろうと言っていました。

「主な問題は、国際開発に関する雑誌がやっていけると誰も考えていなかったことです」。若き創設者のひとり、ピーター・アダムソンは当時をこう振り返ります。「私たちは、NIのような雑誌でも多くの十分な潜在的読者がいる、という考えを信じて努力しました」

そして44年が過ぎましたが、ニュー・インターナショナリストは現在も続いており、今も1973年当時と同じように社会的意味のあるグローバルな正義というテーマで取り組んでいます。

この道のりは平坦ではありませんでした。ニュー・インターナショナリストの継続が危ぶまれることは何度もありました。ある時期には、2名のスタッフが自宅を再抵当に入れて発行を続けました。しかしまたある時期には、世界での定期購読者数が8万人を越えました。

この雑誌が存続している理由は、マーケティングと財務計画に通常以上に気を配ったことだけではありません。この雑誌が持つ「人々、アイデア、行動を、グローバルな正義のために」報道するという目的もその理由です。そしてさらには、変化は可能だということを根本的に信じていることもあります。

変化を促すものをひとつ挙げるとすれば、それは勇気ということになるでしょう。そして、今回の記念すべき500号では、「勇気」に焦点を当てることにしました。本号の中では、変化を起こすためなら身体への危害や命を落とすリスクも顧みないという勇敢な人々を取り上げました。今回は、あえて一般メディアでは取り上げられていない人々を探したため、彼らのことを初めて知るという人も多いでしょう。

ニュー・インターナショナリストは、メインストリームな(主流派の)組織ではありません。私たちのニュースの価値は、横並びの企業メディアとは異なることもしばしばです。他のメディアが無視する話題でも、ニュー・インターナショナリストは取り上げます。私たちは、報道の背後で糸を引くような所有者がいるメディアではありません。広告は、一定の倫理的基準を満たしたもののみを掲載しています。私たちが出版する書籍も、雑誌と同じ編集方針で制作されています。そして私たちの通信販売であるエシカルショップは、環境に配慮した物、公正な貿易を通じた物を販売しています。

つまり私たちの活動の継続は、すべてが読者、支援者、制作協力者にかかっているのです。そんなみなさんに、大変重要な時期を迎えたNIからお願いがあります。

多くの雑誌や新聞が苦境に立たされていることは周知のことです。インターネットの登場により、メディアの状況は一変しました。良い点は、NIのウェブサイトにも年間約200万人が訪れ、より多くの人々に読んでもらえるようになったことです。

しかし無料で記事が読める時代、印刷した雑誌を読者が購入するというビジネスモデルでは、得られるものはほんのわずかです。過去数カ月、定期購読者数はほぼ横ばいから微増程度で、雑誌の存続には十分ではありません。

以上のような理由から、今回Community Share Offerという特別な支援方法を発表しました。これは、みなさんのような一般の人々が、ニュー・インターナショナリストに出資してその一部を所有するという方法です。今回採用したのは、すでにいくつかの小規模な出版物で行われて成功例があるもので、独立したメディアに資金を提供する新たな仕組みです。

メディアは、状況をもてあそぶ一握りのメディア王の手に委ねるには重要すぎるものです。民主主義は複数のメディアを必要としており、幅広い所有の形はそれも可能にします。

みなさんは今、この方法で変化を後押しすることができ、自分が望む形式のメディアの一員になることもできます。一緒になって世界中のルパート・マードックのような人々に立ち向かうこともできます。ドナルド・トランプが米国の大統領に就任し、世界中に右派ナショナリズムが広がっており、「new internationalism(新たな国際協調主義)」の必要性がかつてないほど高まっています。

みなさんは私たちと一緒に、「そうだ、より良いメディア、より良い世界は可能だ」と歌うコーラスに加わることができます。ぜひ一緒に、その未来に投資しましょう。◆

 バネッサ・ベアード、ディンヤール・ゴドレイ、ヘーゼル・ヒーリー

...もう一言

今私たちは、人々を分断させるメディアではなく、団結させるメディアを作ることが不可欠な時期を迎えています。それは、排除のないグローバルなコミュニティーを構築し、一般の人々の苦闘とは、いつものエリートたちが推進するグローバル化への積極的反対であることを強調し、グローバルな公益に関してそんな人々と熱き思いを共有するジャーナリズムのことです。

ニュー・インターナショナリストは、すべきことをいろいろと指図する裕福な後援者、メディア帝王からの支援を受けたことはありません。何らかのより良い報道のために、そのようなジャーナリズムを形作る後押しをするために、私たちが読者のみなさんに支援をお願いすることは理解してもらえると信じています。

3月1日私たちは、世界中の一般の人々にニュー・インターナショナリストの所有権を開放するCommunity Share Offerという大胆なキャンペーンを開始しました。もし参加に関心があれば、次のウェブサイトをご覧ください。
factsandheart.org


NIブログ記事Our 500th issue – time for courage and change の翻訳です。


  1. 2017/03/20(月) 14:23:20|
  2. お知らせ一般

【翻訳記事】フィランソロキャピタリズムに気をつけろ(援助)


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画像をクリックすると、本記事のもとになったランセット誌の論文"The black box warning on philanthrocapitalism"のページが開きます。


2016年9月、Facebookの創設者であるマーク・ザッカーバーグは、2100年までに「すべての病気を治療、予防、そしてコントロールするために」30億ドルを投資すると発表した。グローバルな保健分野への新規参入者となる通称「フィランソロキャピタリズム」[訳注:企業による社会貢献活動のことを指す「フィランソロピー」と「キャピタリズム(資本主義)」の造語]は、世界の貧困層に必ず恩恵をもたらすものなのだろうか? ジョカリン・クラークとリンゼイ・マッギーは、11月号のランセット誌[訳注:世界でも評価の高い学術的な医学専門誌]でいくつもの懸念を示した。

一つ目は、フィランソロキャピタリストの説明責任が、多くの場合不十分であることが分かったということだ。たとえばザッカーバーグは、彼の資金を民間企業を通じて流している。だがその企業は、慈善事業を規制する法律の対象外で、営利目的の事業に投資することも可能な上、彼が個人的な目的追求のために利用することも規制されず、カネの流れを公にする義務もない。

二つ目は、資金提供者の基金が、課税を免れることができる点だ。これは国庫からの収奪となる。現在、政府の責務が民間財団に移行されてしまい、国が援助への参画から手を引いていくという流れが懸念されているが、それを加速させるものである。

最後に、その論文の執筆者たちは、選挙で選ばれていないフィランソロキャピタリストたちが、世界の保健と開発の政策に関する意思決定に影響を及ぼすことを危惧し、より強力で独立した監視を求めている。◆


2017年1/2月合併号NI499p9 Beware philanthrocapitalism (AID) の翻訳です。c499-100.jpg



  1. 2017/02/28(火) 22:52:53|
  2. ビジネス・企業

【翻訳記事】ミツバチにやさしい農業でより健やかな未来へ


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(画像をクリックするとNIの英語記事のページが開きます)


 送粉者(受粉媒介者)が元気で作物が豊かに実るよう取り組むイタリアの有機農家

ジョルジォ・バラカニは、朝の光と花々の香りを追いかけながらひと晩中運転してきた。他の養蜂家たちと会うためにサービスエリアに少しだけ立ち寄り、黄色いヒマワリ畑と青い海がまだら模様に見える丘へと向かう。

バラカニが向かう丘は、ローマから300キロのマルツォッカの近くにある。彼は24年以上にわたり、転地養蜂[訳注:蜜源の開花時期に合わせて移動しながら行う養蜂]を営んできた。350個の巣箱を所有し、作物が花をつける時期に農家に巣箱を20日間ほど貸し出し、巣箱1個あたり平均32ユーロ(35ドル)を稼ぐ。

バラカニは、夜の間に巣箱数箱を小型トラックに積み、畑に運ぶ。農民たちは、果樹や野菜の花が咲く時期になると授粉を依頼する。それが、作物の品質と収量の向上を促すのだ。このことは、果物と野菜の2015年の売り上げが前年比で野菜5%以上、果物3%以上増加した(イタリア全国農業者連盟の統計による)国にとって、大きな意味を持つ。

転地養蜂は、いろいろな種類のはちみつを生産したいという思いから生まれたが、やがて作物の改良やミツバチの命を守る目的で行われるようになった。バラカニは、2008年にイタリアでミツバチが大量死したことを説明した。ハチは、使用された農薬の中でも特にタネ用トウモロコシに使われたネオニコチノイド系農薬によって方角が分からなくなり、帰巣ルートが見つけられず、最後には死んでしまったのだという。これを受け政府は、予防的措置としてこれらの物質を禁止し、この問題について調査を始めた。

「アペネット・アンド・ビーネットという国のプログラムでとられた措置の結果、問題は減ってきています」と言うのは、ボローニャ大学の昆虫学者で、このプログラムの責任者のひとりでもあるクローディオ・ポリーニだ。しかし欧州食品安全機関(EFSA)のアニエス・ロータイスは、この程度の減少では不十分だ、と説明する。「ハチの死因は複数あり、その影響は場所や季節によってさまざまです」。彼は死因について、「化学的栄養的な状態、気候変動、病気、不適切な養蜂法、環境資源の不足」などがあると言う。

イタリアのはちみつの生産量は、2011年から70%近くの減少となり、イタリア全国養蜂家委員会(Conapi)は警鐘を鳴らす。ハチという送粉者にとって深刻な痛手となったのは、広大な土地に1種類の作物だけを栽培する単一作物栽培の導入だ。

単一作物栽培はハチには適さない、と説明するのは、「生物多様性のためのスローフード協会」のセレナ・ミラノだ。ハチは、その免疫システム維持のために異なる種類の花粉を食べる必要がある。バラカニが小型トラックで移動するイタリア中央部のポー平原は、残念ながらトウモロコシ、小麦、人参、タマネギ、アルファルファなどの単一作物の畑で埋め尽くされているような場所だ。 しかし、地域の複数の作物の生産性を上げるには、混合栽培農業を行い、転地養蜂を継続していくことが不可欠だ。

ジョルジォ・バラカニのストーリーをマンガで読む(ISSUUのサイトへ)


 アルプスからの景色

世界で初めて住民投票によって農薬の使用禁止を決めたマレの町の話をヨハネス・フラグナーが語っている時、教会の鐘が高らかに鳴り響いた。フラグナーは薬剤師で、スイスから10キロ、オーストリアから20キロに位置するこの小さなアルプスの町の中心部に住み、そこで働いている。この町は、ヨーロッパでも果物生産に力を入れている最大の地域のひとつだ。だが、マッレスの住民たちは、町の景色の中にりんごの木一色の場所が現れるような集約農業を望まなかった。

フラグナーは、2014年の住民投票実施を呼びかけた住民のひとりだ。 住民の4分の3が投票し、そのうちの76%が農薬不使用の町に暮らすという選択に票を投じた。「この考えは2010年に生まれました。地元の有機栽培農家たちは、近隣の畑で使用された農薬で汚染された草が風で飛んできて、それを飼っている牛たちが食べるのではないかと不安を感じていました」とウルリッヒ・ベイス町長は語る。 投票後、住民の意思を反映して条例が変更された。違反者には300〜3,000ユーロ(325〜3,250ドル)の罰金が課される。

参考記事:Little insects, big impact. How Indian farmers are improving productivity, and lives, by introducing bee hives to their fields.(小さな昆虫、大きな影響。ハチの巣箱を畑に置くことで、インドの農民たちはいかにして生産性と生活を改善しているのか。)

農業に許された選択肢は、将来の生物多様性を尊重すること以外になく、ミツバチはそれに不可欠な指標であることを、フラグナーと仲間の住民たちは十分に理解している。「送粉者の働きがなければ、食物連鎖の重要な部分が失われることになるかもしれない。そうなれば、私たちの食生活に影響するでしょう」と語るのは、全国イタリア養蜂家組合協会(Unaapi)会長のフランチェスコ・パネラだ。 「ミツバチは、将来の食料生産を約束してくれます。しかし、私たちはより持続可能な農業モデルを構築する必要があります」。この方向性は科学界も支持する。「食料は命と同じように考えるべきであり、危険物質であってはなりません」と言うのは、腫瘍専門医で、農薬が人間に与える影響の研究も行っている「環境のための国際医師協会(ISDEイタリア)」メンバーでもあるパトリツィア・ジェニリーニだ。「農薬購入1ドルに対し、その影響に対応するための衛生と社会的なコストとしてさらに2ドルが必要です」

マッレスは、環境にやさしい農業の道を進んでおり、他の地域もその道を歩み始めている。フランスでは今年、ネオニコチノイド禁止を目的に生物多様性に関する法律の改正が承認された。それは、2018年に施行される。

ヨハネス・フラグナーのストーリーをマンガで読む(ISSUUのサイトへ)

翻訳:セシリア・ガルシア


Hunger4Beesは、ヨーロッパ・ジャーナリズム・センターの「開発報道におけるイノベーション助成プログラム」(ジャーナリズム助成プログラム)との共同プロジェクトである。

by ダニエラ・フレチェロウ、モニカ・ペリッチャ、アデリーナ・ザーレンガ


NIブログ記事A bee-friendly path to a healthier future の翻訳です。


翻訳協力:斉藤孝子


  1. 2017/02/27(月) 23:16:27|
  2. 健康・食・農業
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